第87章 私欲
男が去って、呆然と散らばった鋼貨を眺めた。
初めて、って――――もっと素敵なものだと思っていたけど、現実はこんなものか。
そして、なんてことない。
甘くも、気持ちよくもない。
ただの作業みたいなもの。
これでお金を稼げるのなら、いいじゃないか。
私にはその素質もどうやらあるらしい。
少し頭をよぎるのは、愛し合っている男女なら―――――例えばあの子は、愛しくて仕方ないという顔を向けていたあの人と、素敵な経験をするんだろう、という想像。
愛されて、甘く、溶けるような―――――愛し合う行為として、経験するのだろうか。
それを思うと、ひどく黒い感情が渦巻いていく。
それから私は毎日日が暮れる頃に、街を彷徨った。
お金を、稼ぐために。
そして髪が肩を過ぎて―――――私が夜の街を歩くと、多くの男が振り返るようになった頃―――――、母は、死んだ。
涙は出たけれど、心のどこかで安堵していた。
―――――私は、解放された。
それから生きるために私が出来る事と言えば、このままその日暮らしで売春を続けるか。
娼婦にでもなるか。
そんな時にほんの少し、あの日見た調査兵団の翼が頭の隅でチラついた。
愛しあえる人に出会えるかもしれない。
それに―――――調査兵団は、驚くほどの死亡率だと聞く。
別に死んだって、構わない。
もう私が死んで悲しむ人もいない。
私はその年の訓練兵に志願した。
そしてようやく今年―――――調査兵団に配属になり、あの日の彼を見つけた。
そして―――――、あの日見たあの子も、ここにいたんだ。
ナナと、言うらしい。団長補佐の職についていた。