第87章 私欲
それからしばらく経って、気が付けばその子は避難所から姿を消した。
とても高価そうな服を着ていたから―――――、裕福な家の出だったんだろう。家に戻ったのか。今頃こんな地獄絵図とは程遠い生活を送っているのかもしれないと小さく妬んだのを覚えてる。
なぜならいよいよ避難所での食料支給も底をつきかけ、明日の食べるものすら確保できるか分からなくなったから。
更に追い打ちをかけるように母の具合が悪くなり、生きるためにも、治療を受けさせるためにもお金が必要だった。
「―――――アリシア、どこに、行くの………?」
「――――ちょっとね。」
私は避難所を抜けて、仕事を求めて街を彷徨ったけれど、収入を得るために職を探しているのは私だけじゃなく、なんの取り柄もない私を雇ってくれるところなんてなくて――――私はまた、打ちひしがれた。
母に治療を受けて貰うためにどうすればいいの、ととぼとぼと夕暮れの街を歩いていると、いきなり腕を強く引かれて薄暗い路地に引きずり込まれた。
「――――お前、いくらだ?」
「―――――は………?」
歪んだ笑みをたたえた、中年の男だ。
質問の意味がわからず、怪訝な顔を向けると、数枚の鋼貨が私の足元に投げ出された。
「―――――拾え。」
たった数枚の鋼貨でも、明日は生きて行ける。
母に少しでも滋養のつくものを食べさせてあげられる。
そう思って、いやしくも地に落ちた硬貨を拾い上げようと身体を屈めた。
すると突然髪を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられて―――――口に、初めて目にした男のそれを押し込まれた。
下衆な笑みと男の荒い息遣いが気味悪くて、匂いも、その質量も全てが嫌悪の対象で――――――それからのことは―――――私はよほど記憶を消したかったのか、よく覚えていない。
ただ道端に捨てられた人形のように痛みに耐えながら身体を揺さぶられ、最後に男の言った言葉だけが頭に残ってる。
「……おまえなかなか可愛い顔してるなぁ。髪伸ばせよ。そしたらもっと買い手がつくぞ?身体もいい。素質あるぞ、おまえ。」