第87章 私欲
食堂ですれ違った時――――またあの白銀の髪がなびいた。
目をやると、その大きく輝く濃紺の瞳があの日の避難所の時のように私を映した。ナナさんはにこりと笑顔を見せて、去った。
「―――――私のこと、覚えてないんだ―――――……。」
奥歯をぎり、と噛みしめた。
私の中に強烈な印象を残して、何度も私を惨めにさせたのに、覚えてないんだ。
それが酷く悔しくて―――――、あの子の大切な物を奪ってやろうと思った。
最初はリヴァイ兵長への想いよりも、ナナさんへのその気持ちのほうが強かったんだ。
私が迫って、断る男はいなかった。
長い金髪を、みんなこぞって美しいと言うし――――、華奢な割に豊かな胸も私の武器。
生きるために砥いできた、私の武器。
それを汚い物をみるような目で見てくる、汚れたこともなさそうな真っすぐで真面目を絵に描いたような同室の先輩、イルゼさんのことが私は嫌いだ。
リヴァイ兵長が好きなくせに、行動もせずに諦めて私を蔑む。なら私に兵長をとられるのを、指を咥えて見てればいい。
入団して早々に、リヴァイ兵長にアプローチをかけた。
私から誘えば大抵の男は猿のように腰を振るのに、リヴァイ兵長は『俺の興味を引けたら、応じてやる』と言った。
その切れ長で鋭い目と、どこか切なそうな表情に―――――私は生まれて初めて恋をした。
この人を手に入れるためなら、使えるものはなんだって使うって決めた。
例えそれが、大嫌いなナナさんの皮を被った私でも、リヴァイ兵長に愛してもらえるなら、なんだって構わない。
私は心を奪うなんて駆け引きは得意じゃないから―――――まずはその身体から絡めとって、いつか心まで手に入れたい。
欲しいの、どうしても。
あの人の腕に抱かれて、溢れんばかりに”愛しい”という表情をする自分を、夢見てる。