第87章 私欲
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生きていくために―――――使えるものは使うしかなかった。
壁が破壊されたあの日、父は私と母を庇って巨人に掴まれたが―――――怖くてその後は見ていない。微かに聞こえた父の断末魔を、聞こえないふりをして走った。
足に怪我を負った母と共になんとかトロスト区の避難所へ向かった。命からがら逃げのびたもののその避難所は地獄絵図で―――――死体も、怪我人も一緒に狭い空間に押し込められていた。
母の足を早く医者に見せたいけれど―――――、それどころじゃなさそうな重傷者が列をなしていて、とても母の順番には回ってきそうになく、やがて傷が膿んで苦しそうにもがく母の汗を、私は拭うことしかできなかった。
自分の無力さと、不甲斐なさに涙が出た。
「――――酷い怪我……!診せてください、私は医者です。」
私と同じくらいの歳の、白銀の髪をした女の子が母の目の前にしゃがみ込み、傷口の処置をしてくれた。
ようやく母がほんの少し楽そうに笑って、その女の子に縋るように御礼を言った。
「―――ありがとうございます、ありがとう……!」
「とんでもないことです。早く良くなりますように。」
その女の子は私に目を向けると、美しい笑顔を残して、ふわりと白銀の長い髪をなびかせて去った。私はふと、自分の肩にも満たない髪の短さを指で確かめた。
なぜか私は、その子から目が離せなかった。
それからしばらくその子を目で追っていると―――――、調査兵団のジャケットを着た小柄な男と抱き合っているのが見えた。
男の背に背負われた調査兵団の翼越しに見えた、その子の表情だけでわかる。
愛し合っている人なんだろう。