第87章 私欲
「――――頑張り過ぎなくていいんですよ。」
「…………。」
「あなたが傷ついてボロボロになってまで家を守って欲しいなんて、きっと旦那様も思っていらっしゃいません。クロエ様も、ロイ様も。」
「――――でも、でもね…………!」
「はい。」
「私がお父様とお母様を愛しているから―――――、2人がすれ違ってしまって一緒に守れなかったものはせめて、娘である私が……守りたいって、思うの……。」
「はい。」
「――――なのに私は全然ダメで、なにも、できなくて……。」
「そんなことはありません。それに旦那様とクロエ様が守りたかったものは、オーウェンズ病院ではなく、あなたたち姉弟でしょう?」
「―――――………。」
「あなたはロイ様を導いて、自分を律して、立ち向かってそれを守ってきた。だからもう――――それ以上のことは、手を抜いたって、誰も怒りません。」
「――――……ハル。泣きたい………。」
「どうぞ、いくらでも。あなたが泣き止むまで側にいます。――――あぁでも、ひとしきり泣いたら、ちゃんと目を冷やしてから眠りましょうね。明日は――――エルヴィン団長にお会いになる日でしょう?とびきり綺麗なあなたでいなくては。」
「………うん…………!」
ハルに抱き締めて貰いながら、弱音とともに涙を零した。
姉のように、母のように優しくそれを受け止めて―――――、私が泣き止むと、幼い頃病気をした私を看病してくれた時のように、食事が進まない私に一口ずつ、温かいスープを食べさせてくれた。
そしてもちろん、冷やしたタオルで私の目元を覆って、涙の跡が残らないようにしながら、小さく子守歌を口ずさんでくれた。
その優しい旋律の中で、私はすっかり眠ってしまった。
「―――おやすみなさい、ナナお嬢様。」