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【進撃の巨人】片翼のきみと

第87章 私欲




「――――ただいま……。」



身体が疲れたわけじゃない。

心の疲れを引きずりながら屋敷に帰ると、ハルが心配そうに出迎えてくれた。



「おかえりなさいませお嬢様。――――今日も随分お疲れに見えます。お食事は?」

「……いらな………。」



食事はいらない、と言いかけて、エルヴィン団長とリヴァイ兵士長の言葉が頭を過る。自分をないがしろにしてはいけない。現にハルも心配している。



「――――少しだけ、部屋に持って来てくれる?」

「かしこまりました。」



部屋に戻って、かしこまった貴婦人さながらの窮屈なドレスを脱ぐ。本当は大きくてゆるい、身体がすっぽりと覆われてしまうような服が好き。あちこち駆けまわっても、汚れても気にならない服が好き。

でも今私に求められているのは、型にはまったオーウェンズ家の長女。凛として気高く、強く、賢くいなければならない。

日中張り詰めていた心を落ち着かせるために窓を開けて外気を引き込むと、夏の夜に虫の声が聞こえる。

私を見守ってくれているかのように暗闇を煌々と照らすのは、満月に近い月。



「―――――泣きたい……。」



ベッドに腰かけて月を見上げると思わず本音が零れ出る。我慢しようとも思ったが、誰が見ているわけでもない。

少しくらい弱音を吐いたって、誰も咎めない。

ただきっと空から、リンファが見ていて――――、私の背中を、さすってくれる。

もしかしたら、お父様も。

落ち込む私にどう声をかけていいかわからず、横からそっと見ているのかもしれない。



「―――――帰りたい。全て放りだして、みんなのところに………。でも、置いていけない。お父様も、お母様も、ロイも、ハルも、愛してる………。」



涙が滲んだ時、ドアが鳴った。



「お嬢様、失礼します。」

「ああ、ありがとうハル……。」



ハルが温かいスープとパン、ハーブティーを持って来てくれた。私の顔を覗き込むと、何も聞かずにただ私の前に少しかがんで、両手で私の顔を包んで笑ってくれた。

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