第87章 私欲
―――――――――――――――――――
「――――ですから、何度も申し上げている通り――――、吸収合併した医院の完全なる分離はこの段階で望ましくないと仰るのなら、事業を譲渡していくかたちで、実質の各院の経営を元の所有者にお戻ししていきたいと思っているんです。」
私はその日、何回目になるかわからないオーウェンズ病院の幹部会で各院の分離について提案を持ちかける。
兵団の王都招集よりもよほど冷たい視線と、私を受け入れるつもりのない空気が肌に刺さる。幹部の男性が冷ややかな目で私を一瞥して言う。
「各院に経営権を譲渡する?馬鹿馬鹿しい。手綱を握れなくなるだけだ。オーウェンズの冠をつけたまま各院の元所有者に手綱を握らせて、どうなると思いますか?何かの不手際や不都合の時だけ矢面に立たされてオーウェンズ名を汚されるだけだ。なんの利もない。」
「手綱を握る必要がありますか?人を救うという元々は同じ志を持つ同志のはずです。それに――――多少統率が乱れようとも、オーウェンズは私たちが守ります。必ず。」
掌に汗が滲む。
一生懸命考えて訴えても、全く聞きとめてすらもらえない。
薄く鼻で笑うのを堪えているような顔が、私に向けられている。
「――――リカルドさんがいたから、守れていたんですよ。彼亡き今、息子のロイが継がない限り―――――誰もこんなリスクのある話を了承しない。――――ましてや、男と逃げた奥方とそれにそっくりな娘の言う事など。」
「……そうだな、リカルドさんに同情するよ。まさか激務でリカルドさんがこうなることを見込んでいたみたいじゃないか。」
「はは、おい言い過ぎだぞ。」
「いやおかしいじゃないか?急に出戻って来て病院を継ぐ?男と逃げたくせに、元夫の病院は継ぐなんて。何かあるとしか思えない。あの美貌にとりつかれて、リカルド氏が操られでもしたとしか。」