第86章 遺志
壁外調査当日。
いつもより、手が震える。
それはきっと、今までよりも巨人に遭遇する確率が跳ねあがる――――――つまり、死ぬ確率が跳ねあがったからだ。新兵として入団した頃の壁外調査で私を勇気づけてくれた頼れる先輩たちは、もうそのほとんどが亡くなった。
自分の番が来たとでも言われているようで、震えを抑えられない。
「――――イルゼ・ラングナー。」
「は、はい……っ………!」
開門までの待機中、意中のその人にせっかく声をかけられたのに、みっともなく震えた返事をしてしまう。
「――――怖いのか。」
「………すみ、ません………っ……。」
リヴァイ兵長はいつも通り無表情なまま、少し視線を落とした。まるで、かける言葉を探してくれているみたいに。
「お前は確か、初めての索敵か。怖ぇのはわかる。誰だってそうだ。恥じなくていい。」
「――――………。」
私のことなんて、眼中にないと思ってた。なぜ知ってるの、私が過去どこに配置されていて、今回が初の索敵だってことを。
「索敵は隊全体の命運を分けるような、多くの命を預かる大きな仕事だ。」
「は、はい………。」
自分が死ぬだけじゃ済まないという恐ろしい事実を容赦なく突きつけられ、更に身体が強張る。
「――――だからお前が配置された。お前の努力の成果を、頼りにしての配置だ。―――――頼むぞ。」
「―――――…………。」
―――――ただ死ぬ順番が来たのではない、これは私が任された仕事。自分ではそう思いたくても、思えなかった。
けれどこの人の一言で、私の中でそれが全てになる。
「――――行けるか?イルゼ。」
「はいっっっ!!!!」
兵長に向かって、普段の自分では到底出ないような声で返事をして心臓を捧げた。
「――――頼もしい。」
兵長は一言だけ残して次の兵士のところへ向かう。
恒例行事の中の一つだとしても。
数多くの兵士の中の1人だとしても。
私はあなたのために、この調査兵団のために諦めずに最後まで足掻いて見せる。
そう、思った。