第86章 遺志
「――――イルゼ?」
「………ペトラ。」
私が配置指示書の前で佇んでいたからか、同期のペトラが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
彼女もまた特別な人間。新兵の頃からオルオと並んで群を抜いたセンスがあり、早々に索敵もこなしていた。
ペトラは配置指示書の中に私の名前を見つけて、察したようだった。
「―――索敵班………怖い……?」
「――――……ちょっとね………。ペトラはもう慣れたものでしょ?」
「………慣れないよ。何回、たっても――――……。」
「そっか………。」
「でも、やるしかないから。もっともっと強くなってみせる。」
「――――……。」
ペトラの視線の先にいるのは、リヴァイ兵長だ。いつもいつも目で追ってる。兵長の横に並ぶために、彼女は強くなろうとしている。
同期の中でも誇らしい存在のはずなのに、私よりも強くて、小さく女の子らしい風貌で、いわゆる“いい子”で―――――、私はペトラが、少し苦手だ。
「――――ねぇイルゼさん、今日夕飯のあと、部屋1時間くらい貸してもらえませんか?」
訓練の装備を片している最中に甘い声で話しかけてきたのは、アリシア。
私とはまるで違う輝く金髪と色素の薄い瞳、華奢なのに女性らしい体つきで、異性だけでなく同性にも甘く我儘を言ってのける。二つ下、新兵の後輩で、同室だ。
「――――また?いい加減にしたら。節操がないにも程があるんじゃない?」
冷ややかな目でアリシアを牽制してみても、全く意に介さない。
「だって求められたら、応じたくなるんですもん。なりません?イルゼさんも。」
「…………。」
黙る私に、ふふっと嫌味な笑みを零すその顔が、嫌い。こうやって部屋を貸せという時は、男を連れ込みたい時だ。
確かにアリシアは可愛くてスタイルが良くて、女性としては魅力的なんだろうと思う。でも、どうしても私は好きになれない。
それは決して嫉妬や羨望から来ているものじゃないと願いたい。