第85章 逢瀬 ※
「―――はぁ………。」
ナナは目を閉じて心底幸せそうに、カクテルに口を付ける。こくん、と喉をならしたあと、悩ましいほどにうっとりと吐息を漏らした。
「どうですか?」
「美味しい………。」
「それは良かった。」
「これ………すごくすごく好きです。あの、今度からこのカクテルを頼むときは、なんて言ったらいいんでしょう……?名前はあるんですか?」
「これはナナさんに向けて私が作ったものなので……そうですね、では“ナナ”にしましょう。」
「!!」
美しいカクテルに、自分の名前がついたことに驚いて嬉しさを隠しきれないナナはマスターに向かって、満面の笑みを向けた。
「ありがとうございます!」
「いいね、素敵だ。じゃあ俺も次は“ナナ”をもらおう。」
「かしこまりました。」
しばらく他愛もない話をしながら、時計の針を気にした。もうナナを帰らせないと、馬車の手配も難しい時間になってしまう。
「――――ナナ、そろそろ行こうか。これ以上遅くなると馬車も捕まえにくくなる。家に帰れなくなってしまだろう。」
ナナは黙って、“ナナ”を飲み干し、そのグラスの中でからん、と氷が鳴った。
「――――まだ、飲みたい。」
「………あと一杯だけだぞ。」
「うん。」
要望が叶うと、ナナはとても嬉しそうにマスターにメニューを指さしながらあれこれ教えてもらっている。本当に好奇心が旺盛で、何事にも勉強熱心だ。
そんなところも、とても可愛い。
また違うカクテルを口につけて嬉しそうに微笑む。
ナナの目がとろんと蕩けて、肌が薄桃色に蒸気しているのを見て、マスターがチェイサーを差し出した。