第85章 逢瀬 ※
一度宿に帰って私服に着替えたエルヴィンと食事をしてから、マスターのところへ向かう。浮足立ってしまう。今日はどんな新しいお酒を教えてもらえるだろう。
「――――おや、いらっしゃい。待っていましたよ。」
「こんばんは。」
カウンターの椅子に腰かけると、エルヴィンは慣れたようにいつもの、とブランデーを頼んだ。
「ナナさんには、ぜひ飲んで頂きたいものがあって、それをお作りしても?」
マスタ―は私に向かって優しく微笑んでくれた。以前の約束を覚えていてくれたんだと思うと、嬉しい。
その日は他にお客さんもおらず、薄暗く狭い店内に様々なお酒の瓶とグラスが並ぶその店は、まるで私たち3人だけの小さな秘密基地のようでとてもワクワクした。
マスターの手元を見ていると、今日はワインベースのようだ。赤ワインのボトルを取り出した。
「ふふ、ナナ。そんなに穴が空くほど見たら、いくらマスターでも緊張されるんじゃないか?」
あまりに食い入るように見ていたからか、エルヴィンが笑った。
「だって不思議で素敵で……目が離せないんだもん。」
「見られるのは慣れてますが……こんな美しい女性に見られると緊張しますね。」
マスターがふっと笑いながら、私のためにカクテルを作ってくれる。
「どうぞ。赤ワインとアイスティーのカクテルです。」
「わぁ………!」
差し出された細く背の高いグラスには氷がしっかり入っていて、底はアイスティーの薄い茶の色、上部に向かうにつれて赤ワインの真紅へと色が変化していっている。見た目にもとても美しい。
「エルヴィンから、あなたが紅茶をお好きだと伺ったので。」
「ワインもよく2人で飲むんですよ。素敵だな、ナナ。」
「うん……!」
エルヴィンとグラスをカチン、と鳴らして、グラスに口を付ける。
赤ワインの葡萄の渋みと紅茶の香りが相まって、とても美味しい。香りの余韻まで、幸せだ。