第84章 奞
実家に戻ってすぐ、馬車を飛ばして病院へ急ぐ。
やらなきゃいけないことは山積みだ。
私の怪我のせいで、帰るのが遅れてしまったから―――――お母様は、大丈夫だろうか。周りは敵だらけと言っても過言ではないこの環境で、慣れない仕事を引き受けてくれている。
でも、ほんの少しだけ―――――ここまで帰ることを遅らせられて良かったとも思う。
私が声が出せない状態なんて知ったら―――――ロイが、また調査兵団に対して不信感を募らせてしまうから。
「……よし!頑張れ、私!!」
病院の院長室は、お父様が使っていた時よりも随分様変わりしていた。豪華な調度品が所せましと並んでいた部屋が、途端にとても質素に、最低限仕事に必要なものしか置いていない状態になっていた。
けれど生き生きとした植物がそこにはたくさん飾られていて、母は、身の回りで命を育むことで心を落ち着かせているんだろうと思った。
「――――ナナ。」
「ただいま、お母様。」
「待ってたわ。ねぇ、病院の経営って難しいのね。」
母はふぅ、とため息をついた。
「紅茶、淹れようか。」
「ええ、お願い。……あらでも、怪我はもう平気なの?」
「うん、もうほとんど元通り。左手の―――――人差し指と中指以外はね。」
私がお湯を沸かして紅茶を淹れていると、母がポツリと言葉を零した。
「――――リカルドは、こんな心労を負っていたのね………。もっと、わけてもらえば良かった。」
「………お母様が今ここにいて、そう思ってくれてるだけできっと……お父様は嬉しいと思う。」
「……そう、だといいわね。」
そこからは母と2人、手探りで膨大な業務に手を付けた。一段落することには、日が暮れていた。