第81章 落月屋梁
「おやナナ、こんな時間にどこに行く?」
その日の深夜。
もうみんなが寝静まった頃に団長室を出ようとすると、エルヴィンから問いかけられた。とてもジェスチャーでは伝えられそうになく、メモに文字を記した。
“月を見に行く”
「そうか。一緒に行こうか?」
小さく首を横に振った。
「わかった。行っておいで。」
エルヴィンが優しく私の頭を撫でて、送り出してくれた。
私は久しぶりに自室の扉を開いた。窓の外から差し込む月明りが、誰もいなくなった部屋を寂しく照らしている。
「―――――………。」
誰かが置いてくれたのか、小さな花がリンファのベッドのサイドボードに置かれていた。リンファに憧れる兵士は多かったから―――――、きっとリンファを偲んでくれたんだろう。
―――――この部屋での色んな事を思い出す。
リンファとアルルと過ごした日々。初対面の時の、リンファの私に向けられた嫌悪の顔から、やがて興味を持ってくれるようになって……笑ってくれるようになった。いつしかリンファは私の中になくてはならない存在になっていて、家族じゃなくても、恋人でなくても、“愛”を育めるんだと教えてもらった。
リンファは私の心の一部分を、創ってくれた。
だから離れることも、忘れることもない。
そして、ロキさんやナターシャのことも。
こうして仲間の死をも自分の心を強くする糧にして、前に進まなくてはいけない。
想像していた覚悟の何倍も辛いことだ。
それでも、この世界の真実を見つけるまで………抗って――――、生きて、生きて、生き抜かないといけない。
とても綺麗な月だった。
満月になりゆく途中の、煌々とした明るさ。完全に綺麗な丸でないところが、欠けているほうが、私にとっては魅力的に見える。
誰一人、昏い部分を持っていない人間なんていないから。
その昏さを宿してもなお美しい月にリンファの面影を重ねながら、リンファのベッドにそっと伏して目を閉じた。