第81章 落月屋梁
―――――声が出ない。
リンファの名前を呼びたい。
もうここにいないけれど、その名を過去にしてしまうのが嫌で、呼び続けたいのに、声が出ない。
そして何より―――――サッシュさんになんて言えばいい?
会わせる顔がない。
私はサッシュさんから愛する人を取りあげてしまった。死なせて――――しまった。
なんで私が生きているんだろう。
誰の視界にも入らず、あの吹雪の中――――――私が1人で死ねたら良かった。
神様はなんて意地悪なのか。
あの一瞬の晴れ間が無ければ―――――あと10m、リンファが遠くにいたら、死なずに済んだかもしれない。
そんなことを思うと、また胸が苦しくて息が遮られる。
胸が痛いのは、肋骨が折れてるからとか、そんなことじゃない。そんなことよりもっとずっと――――――私自身の罪の意識が、生きる事を妨げようとしているみたいだ。
「食事は、食べられそうか?」
執務が大変な中、エルヴィンは定期的に私のことを見に来てくれて、介抱してくれた。
それもまた、とても申し訳ない。
この人の手を煩わせるために側にいたいわけじゃないのに。
私は黙って首を小さく横に振った。
食べたくない。
食べられない。
辛うじて呼吸はできているけど、生きる事に繋がる行為を身体が勝手に拒否しているみたいだ。
「そうか。でも―――――、だめだ、少しは食べないと。君が軽すぎて心配になった。」
エルヴィンは私を抱き起してくれた。
お皿によそわれたパンのおかゆをほんの少しスプーンに掬って、口元に持って来てくれるけれど、食べたくない。
「違うものなら食べれられるのか?」
その問にも、小さく首を振るしかできない。
もう行って。
私のことは放っておいていい。
それすらも言葉にならなくて―――――これを、絶望と呼ぶのだろうかとぼんやりと思う。