第80章 喪失
「―――――失声症………?」
「――――ああ。」
ハンジが心配そうに、ベッドで眠るナナを見つめる。
「なにそれ、声が出ないってこと………?」
「――――心因性だそうだ。心に相当な負荷がかかると起こりやすいらしい。」
「どうしたら、治るの……?」
「心の傷が癒えたら、治るのかもしれないと。ただ、確証はない。」
「やだよ………ナナのあの声がもう、聞けないかもしれないなんて―――――。」
ハンジが涙ぐんでナナの指先を少し握った。
「あとは、リンファが死んだ瞬間のことでも思い出してしまうのか―――――、自由の翼を見ると、取り乱す。」
「――――……それでエルヴィンが珍しくジャケット、着てないのか。」
俺のほうを見て、合点がいった、という顔をして、ハンジもまたジャケットを脱いだ。
「でもさ……ナナはずっと―――――辛い目に遭っても、過酷な環境でも、頑張り続けてきたじゃない?だから―――――少し休ませてあげてもいいよね。」
「――――そうだな。」
「あの可愛い声と、美しい歌声が聞けなくても――――、ナナがまた笑えるなら私はそれだけで十分だと、思えるようにしよう。」
「ああ、私も同感だ………。」
「心配なのはエルヴィン、君だよ。」
「私が?」
ハンジが私を見上げる。
「ナナのこんな姿を見て一番心を削がれるのは、エルヴィンとリヴァイだもん。」
「――――それは、そうだな。」
「間違っても自分のせいだとか、思わないでね。これはリヴァイにも言ったけど――――、あなたたちが自分を責めることを、ナナは一番悲しむ。全ては彼女の意志と―――――、リンファの意志だった。あなたは、目一杯ナナの悲しみを受け止めてあげて。」
いつもいつも能天気で、時に何を考えているのかと思うほどの奇怪な奴だが、ハンジの言うことはいつも核心をついている。
「ああ―――――そうだな。」