第80章 喪失
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――――おいおい、冗談だろう。
声を無くした?
なんだそりゃ。
喉を潰されたわけでもねぇのに、声が出なくなるなんてことが本当に起きるのか?
エルヴィンからナナの容体を聞いた時は半信半疑だったが、ナナの様子を見れば、信じざるを得なかった。
「――――ナナ」
「―――――………。」
以前壁外調査でアウラを死なせたと自棄になっていた時と同じ―――――光を宿さない濃紺の瞳が俺を見ているが、心を感じない。
俺は手に持っていた、自由の翼を封印するように畳んだジャケットを握り締めた。
「――――なんとか言えよ、ナナ。」
「―――――………。」
嘘だろう。
もう聞けねぇのか?お前の声が呼ぶ俺の名は。
「―――――心の傷が癒えれば、話せるようになるかもしれないと、医師の見立てだ。」
エルヴィンが小さく口にした。
声もそうだが、この生気のない目だ。ナナが絶望している時に見せるこの目は、陶器の人形でも見ているかのようで―――――ゾッとする。
「おいエルヴィン。」
「なんだ。」
「見てられねぇ、ナナのこの―――――生きる気力のない目は。ナナの中に巣食っているものから解放してやれ……―――――それがお前の役目だろう。」
「………ああ。」
こんなナナを見てしまえば、俺はきっとナナを二度と自由に羽ばたかせてなどやれない。
閉じ込めてお前の心を飼い殺していくに違いない。
―――――だから希望をエルヴィンに託す。
やはりそれが最善だ。
「――――またお前の歌が聞きたい。戻って来い………ナナ。」
「―――――………。」
ナナの頬にそっと指を寄せる。
自ら頬をほんの少しすり寄せて柔く微笑むナナは、そこにはいなかった。