第80章 喪失
私室のベッドにナナを寝かせて、どうしたら心の傷を癒して、あの笑顔をまた取り戻せるのかと考えながら髪を撫でていると、ナナの唇が乾燥して割れかかっていることに気付く。
「――――何か飲んだ方がいいな。待っててくれ。」
ベッドを離れ、水を取りに行こうとナナに背を向けた。
扉のドアノブに手をかけた時、ばさ、と布団が大きく動いた音がして振り返って見ると、ナナが痛くて動かしたくないはずの身体を捩って、頭を横に振りながら蹲っている。
「………っ………、―――――!!!」
蹲って泣きながら何かを、叫んでいる。確かに彼女は何か叫んでいるのに―――――――
声が、しない。
慌てて駆け寄ってナナを抱きとめる。
「ナナ!!どうした、大丈夫か?!」
ナナは一瞬ハッとしたように俺を認識したが、その目線が俺の兵服の胸にあしらわれた自由の翼に下ろされた時、また同じように取り乱して暴れ出した。
自由の翼を見て取り乱したのか?
俺はジャケットを脱ぎ捨てて、ナナを抱き締める。
涙で頬を濡らして、ひきつるような呼吸をしながら、その口は確かに彼女の大切な親友の名前を何度も何度も呼ぶように動いていたのに、まるで声になっていなかった。
「―――――大丈夫だ、大丈夫だナナ……。」
「―――――……っ………!」
「ゆっくり息をして。怖い物は―――――辛い光景はもう見なくていい。目を閉じて、俺の鼓動を聴いてごらん―――――聞こえるか……?」
ナナの耳を胸に寄せるように優しく抱きしめると、取り乱しながらも少しずつ呼吸が落ち着いてゆくのがわかった。
そしてまた、眠ったようだ。