第80章 喪失
帰着してから怪我の処置をし、そのまま目覚めるまで医務室の隅のベッドで静養していたナナを迎えに行った。
朝の白い光が射しこむベッドで、白い顔のナナが横たわっている。こんなに鼓動が大きくなるのは、まだその現実を見ることがどこか怖いからだ。
「―――――ナナ。」
窓の外を見ていたナナがゆっくりと、顔だけをこちらに向けた。その瞳はいつものように生き生きと大きく開かれることはなく、まるで漆黒の闇のように光を宿さない。
何もない、無の、表情だ。
俺を認識しているのか、していないのかすら、その表情からは読み取れない。
苦しい心の底をなんとか隠して平静を装いつつ、柔らかく微笑んでナナに寄り添うように、側の椅子に腰かけた。
「―――――気分はどうだ?」
「―――――………。」
「辛いことも、痛い事も――――たくさんあっただろう。」
「―――――………。」
ナナはただ俺を見ている。
いや、見ているんじゃない。
視界に入っているだけで―――――見ようとはしていない。
俺の声を、聞こうとも。
この様子からすぐにわかった。ナナを蝕んでいるのは身体の怪我じゃなく、リンファを失った事実だ。
「君が1人で動けるようになるまで、俺の私室にいるといい。君の好きな菓子もあるし――――本もたくさんある。そうか、まだ手が動かせないから――――、俺が読んであげよう。外の世界の話をたくさんするのもいい。」
「―――――………。」
「このまま君を連れて行ってもいいか?」
「―――――………。」
何の反応も示さない。ただただ美しい、人形のようだ。
「――――反応がない。眠っているのかな、俺のお姫様は。」
ナナの髪を撫でて、身体に負荷をかけないようにそっと触れるだけのキスをする。キスをしてもその目は閉じられることもなく、虚ろなままだった。
「なるべく痛くないようにそっとするが、少しだけ痛むかもしれない。すまない。」
布団を避けて、ナナの背中とひざ下に手を差し込んで抱き上げる。驚くほど、軽い。
俺はナナを抱えて、医務室を出た。