第79章 試練
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出立してから約20分後。
赤い信煙弾が左手前方から上がった。すかさずエルヴィンの指示で進行方向が緑の煙で標され、全隊が方向を変える。
続いて右手後方でも赤が放たれた。
しばらくして伝達係が駆けてきて、右手後方の索敵班と通常種の交戦が報告された。
始まったか――――――命の取り合いが。
それからしばらくは大きな混乱もなく順調と言える出だしだった。
ただ――――――昼に近づくにつれ、太陽が陰り分厚い雲が俺たちを覆うように、流れてきていた。ミケでなくともわかる。近づいて来る雨の匂い。
「――――……ちっ…………時化るな、これは………。」
――――嫌な、感じだ。壁外調査において天候は重要だ。
あまりに雨脚が強いと、信煙弾が使えなくなったり視界が悪化して索敵能力が落ちる。
それに―――――俺が息苦しくなるのは、あの日のことを思い出すからだ。あの絶望と憎悪と怒りと―――――それらに飲み込まれてしまう自分の弱さを。
ふと風が舞い、クラバットがなびいて頬に触れる。
―――――ああわかってる。
お前が望むように、俺は守れるだけ、この手が届くものすべて守ってやる。
1つ目の拠点設営場所に資材を降ろすため、隊は一時移動を中断する。
すかさず全方向警戒の態勢に切り替え、資材運搬班が予定どおり積み荷を降ろして簡易拠点を立て、資材を運び込む。
―――――エルヴィンの考案した長距離索敵陣形の精度は悪くない。それに物資補給の際の警戒態勢への切り替え、兵の指揮も何の滞りもない。
エルヴィンの指示一つで、隊はまるで意志を持った一体の生き物のように円滑に動く。
指揮官に向いているとかいうレベルじゃねぇ、あいつの統率力は本物だ。だからこそその先に何が見られるのかと夢を抱いて、命の危険に晒されようともこれだけの兵士がついていく。
―――――そしてその兵士達を自らの指示で死なせて―――――1人、その罪の意識を背負っていく。
その闇を誰にも見せないエルヴィンが唯一、ナナにだけその心を赦せるから、あんなにもナナを欲しがるんだろう。