第78章 抗
会議所を出て、ザックレー総統の執務室に向かう。
あの様子だと、必ずなにか俺に伝えたいことがあるはずだ。部屋の扉を鳴らすと、いつもの平坦な返事が返ってきた。
「―――ああエルヴィン。ちょうどよかった。」
「はい。」
「ナナにこれを。」
「はい、これは……。」
ザックレー総統から手渡されたのは、チェスの指南書だ。私は思わずふふ、と笑った。
「いいのですか?こんな本を与えたら彼女は全て暗記して、途端に総統よりも上手になってしまいますよ?」
「………なに、それは困る。儂の策略に嵌って焦りながらも、次の一手をなんとか必死に考えるナナを見ているのが面白いのに。」
「でしょう?これはどうぞご自身用に。」
私が本を返すと、ザックレー総統は少し面白く無さそうに受け取った。
「――――何をナナに執着しとるんだかな。」
「そうですね、中央憲兵の考えが――――」
「いや、お前の話だ。」
「は……。」
ザックレー総統の言い放った言葉に、目を丸くする。
「大事で仕方ない、と顔に書いてある。お前にこんな弱点があるとは。そりゃあ中央憲兵も狙って来るに決まっておろう。」
「――――………。」
「お前を潰したい連中にとって、恰好の的だナナは。それをよくよく理解するがいい。」
その言葉が刺さる。
今回のビクターの件は個人的にナナに向けられた歪みだったが、これが今後――――俺の力を削ぐためだけに、同じ事が起こったとしたら。
俺はどうする。
いつか抱いた危険すぎる感情を思いだした。
中央憲兵にナナが攫われた時、確かに思った。
ナナを傷付ける奴は潰してやると。
だが、もしそれが―――――俺自身だったら、俺はどうするのか。自責の念で潰れるのか、自分を赦せなくなるのか。
「――――ご進言感謝します。」
「一見器用そうに見えて、不器用だなお前も。」
「…………。」
ナナと離れる1年半で、俺は自分の中にどうナナを置くのか、ちゃんと定めなくてはならない。
それこそナナが言った、“彼女が犯されても殺されてもこの世の真理を暴くために進み続ける”その覚悟をしなければならないんだと思うと、気が重い。