第77章 己己
「――――殺せば良かったなんて言葉を、愛してる人から、聞きたくない………っ!!」
「―――――………。」
こんな時にまで、その言葉は俺を気遣って選んだのか―――――それとも、本心か。
「そんなことを言うエルヴィンは………嫌い………!大嫌い、大嫌い……っ!!!」
ナナは主張を終えると、本当に子供のように両手で交互に涙を拭いながら、その気持ちをそのまま吐き出した。
「………ナナ。」
再びナナの頬に手を伸ばすと、今度こそその手は強く払われた。
「――――触らないで!あっち行って!!」
「――――すまない、無理だ。」
逃げられないように腰を抱き寄せ、その腫れて鬱血した頬、零れ落ちる涙を擦って赤く滲んだ目尻に唇を寄せた。
だが、痛いだろうに全力で身体を捩って拒否をする。
「いやっ!!」
「すまない、だが――――無理なんだ。離せない。君が、好きだ。」
――――――薄々気付いていた。
君が俺に求める愛情には、異性としての愛情だけじゃなく―――――幼少期に“父から貰えるはずだった愛情“が含まれている。むしろ、その方が大きい。
俺が褒めると喜んで、もっともっとと頑張る。
愛情を持って叱れば、ちゃんと受け止めて学ぼうとする。
けれど俺が感情に駆られて君を否定したから――――一生懸命に大人の君が主張を並べた後に今、幼い頃の君が泣いているんだろう。
リカルドさんが言った『難しい子』というのは、彼が娘の幼少期にその心を抑圧してきた自覚があったからこそ、娘を心配する言葉だ。