第76章 束間
「ふふ、甘やかし過ぎですよ。子どもじゃないんですから。」
「―――痛ぇんだろうが。言えよ、ちゃんと。」
「バレましたか。結構痛いです。だからありがとう――――助かりました。」
「お前が望むなら体温も貸すが?」
「――――それは、遠慮しておきます。」
「――――……ちっ………。」
なんでもない会話。それすら、しばらく無くなるのか。
「明日は王都の病院のほうに出かけるので、リヴァイさんはどうしていますか?この屋敷にいるなら、書庫とか――――庭くらいしか、ないですが……ハルになんでも言ってください。」
「いや、王都で物色したいものがある。出かける。」
「わかりました。あ、そうだ。私がいつも紅茶を買うところがあって――――行かれてみたらどうですか?」
「ああ、悪くない。」
「地図を書きますね!」
ナナは嬉しそうに、またガバッと起き上がって、ぴく、と痛みに耐える顔をする。
せっかく寝かせてやったのに、またか。という冷えた視線を送ると、ナナは叱られないようにかわそうとするガキみてぇに悪びれもせず笑った。
――――そんな顔を可愛いと、いまだに思う俺もどうかしてる。
「………それ書いたら、今度こそ寝ろよ。」
「はい。」
そう言ってメモを書き終えたナナをまたベッドに横たえようと抱き上げると、俺の首筋の近くにほんの少し顔を寄せて、すん、と鼻を鳴らした。
「――――なんだ。」
「なんでもないです。」
ベッドに寝かせて布団をかけ、灯りを消す。
細い三日月の弱々しい光がわずかに差し込む中、横に付き添ってナナが眠るのを見届ける。
やがてすぅすぅと小さく寝息を立て始めたことを確認して、バレないように―――――その愛しい唇に触れるだけのキスを残して部屋を出た。