第76章 束間
夜中――――ナナのベッドの傍らで目を閉じていると、微かなうめき声が聞こえた。
「……………ぅ………あ…………。」
起きているわけではない。
眠っているが―――――その激痛から悪夢を見ているのだろうか。ひどく、うなされている。額に汗を滲ませて、唇を開いたまま微かに悲鳴が混ざるような呼吸をする。
―――――聞いてられねぇ。
代わってやれたらどんなにいいか。
――――そんな出来もしねぇことを思ったって仕方ないのはわかってる。俺はナナの髪を撫でて、問いかける。
「ナナ………痛いのか………。どうして欲しい、どうすれば楽になる……?」
タオルでナナの額の汗を拭く。そんなことしかできないことももどかしい。
「――――だから、お前に傷一つつけたくなかった。何よりもお前が辛そうなことが―――――俺を抉る―――――……。」
ナナの口から、小さくかちかちと鳴る。
震えている。
痛いのか?寒いのか?怖いのか……?
痛みはどうにもしてやれねぇが―――――
寒いなら、俺の体温をくれてやる。
怖いなら、俺が全部その恐怖をはらってやる。
ベッドの中で小さく丸まるナナの横に、ギシ、と軋む音を立てて潜り込み、ナナを抱く。
一人で自分の身体を守るように丸まっていたナナが、俺の体温を感じたのか少しだけ身体の緊張を解いて、その身体を俺に委ねる。
「――――相変わらずお前の身体は冷たいな。」
しばらくしてナナの震えは収まって、きつく寄っていた眉間の皺も和らいで、眉を下げて寝息を立てている。
その寝息と体温は、どんないい酒よりも心地よく俺を酔わせ、眠りに誘う。必要とされるということは、まるで麻薬だ。それが惚れた女なら、なおさらだ。
謀らずもエルヴィンに冗談を言った『ナナを一晩貸せ』が現実になった。
ナナを寝かせるつもりが、俺もまた甘ったるく心地よい眠りに落ちていった。