第76章 束間
久しぶりのナナの唇はやはり甘くて、俺の思考を鈍らせる。
もしナナが怪我をしてなかったら――――俺はこのままここで、ナナが嫌がっても、泣き叫んでも、蔑まれても―――――ぐちゃぐちゃになるまでこいつを犯してたに違いない。
ナナの痛々しい姿は、クソほど役に立たねぇ俺の理性なんかよりよっぽど俺の欲を制御する。
息を継ぐ暇もないほど求めあうような口づけを交わしたあと、ナナが一瞬ぎゅっと目を固く瞑る。
腿と掌の包帯に血が滲んでいる。なかなかの出血だ。痛いのだろう、はぁはぁと涙を浮かべて、痛みを逃そうとしているかのような呼吸をする。
俺は席を立ち、医師を呼んだ。
「―――腿は貫通せずに済んでいるからな……傷が塞がれば痛みも引くだろうが―――――、左手は当分、相当痛いだろうな、可哀想に……何があったんだ……こんな少女に、こんな仕打ちを……。」
「――――俺が、守ってやれなかった。」
医師は傷口を診て、血まみれになった当て布と包帯を替え、ナナに鎮痛剤を飲ませた。俺が零した言葉に、その医師は目を細めて俺の肩をぽんぽんと軽く叩く。
「――――君が自分を責めるほど、彼女もまた自分を責めるんじゃないか?」
「―――――………。」
「命があって良かったと、また一緒に生きて行けると、そう思え。――――傷は癒える。命さえあれば、また笑える日は来る。大丈夫だ。」
その諭すような温かい言葉は、地下街のじじぃを思い出させる。
「――――ああ、そうだな……。」
「――――彼女と同等に、君も酷い顔だ。食事を持って来よう。食べて、今夜は彼女を動かさないほうがいい。泊まっていきなさい。」
「ああ、すまない……世話になる。」
「夜中は傷が疼くだけじゃなく、今は押し込められている恐怖が顔を出すかもしれない。側にいてあげるといい。」
「――――わかった。」
ナナに目をやると、薬が効いたのか、すやすやと寝息を立てている。
その頬もあの時と同様に痣が残り、ナナとのキスも血の味がした。口の中も切れているんだろう。
―――エルヴィンになんて言えばいい。
引き受けたにも関わらず、こんなにも傷を負わせた。