第73章 夜這 ※
「――――……起きてたの……?」
組み敷かれたナナの大きく開かれた瞳に月明かりが差し込んで、濃紺の瞳の中でまるで夜空に輝く星のように反射する。とても綺麗だ。
「――――起きてた。なぜノックもせずに忍び込んだりしたんだ。不審者かと思ったぞ?」
「――――もう寝てたら、諦めようと思って……。」
「諦めるとは何を?」
「………褒めて、欲しかった……。明日になったら、もう帰ってしまうから……。」
ナナは目を逸らして少し恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに言った。
その控えめな我儘と、その割に大胆な行動がアンバランスで面白い。甘くて温かい感情が呼び起こされる。
俺はナナの頬を指ですり、と撫で、その頬を包むように手を添える。指にかかる柔らかく艶やかな髪を指先に絡めながら親指でそっと唇に触れると、ナナのその目がとろんと蕩けて、甘えるような視線に変わる。
「偉かったな、ナナ。」
「………うん。」
「君も辛かったんだろう?」
「………うん。」
「君は以前『良い姉ではなかったようだ』と言ったが―――――、ロイ君の変わりようを見ればわかる。君は立派に姉として彼を導いたんだな。すごいことだ。」
その言葉に、ナナは嬉しそうに笑った。
「―――そんな小さな弱音、覚えてたの……?」
「君のことなら、なんでも覚えてる。」
「――――嬉しい……。」
目を細めて俺を見上げるその顔がたまらなくて、口付けを落とす。ただのキスの1回で、こんなにも胸が苦しくなるのはなぜだろう。
君の視線ひとつで、吐息ひとつで、こんなにも心が乱れると――――君は知っているのか。
「ありがとう、エルヴィン。明日も早いからもう寝るでしょう?今日は邪魔しないから、ゆっくり眠ってね。」
ナナはとても満足したようににこっと笑う。
――――いやいや……、この状況ではいおやすみ、と言える男がいるとでも?まったく君のその鈍感さと世間知らずさは見事だ。