第71章 帰郷
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
ナナは当たり前のように自分の分の紅茶を淹れて、ベッドの俺の横にちょこんと座った。
「――――寝る前はね、ハルが髪を梳いてくれて―――――、紅茶を淹れてくれてたの。」
「そうなのか。ハルさんはもう随分長くこの屋敷に?」
「うん、物心ついたときから。お姉ちゃんみたいなものかな。」
それから紅茶をすすりつつ、ナナの昔話に耳を傾けた。
「――――とても、不思議。」
「ん?」
「なぜ私の家に、エルヴィンがいるんだろう?」
急に何を言いだすのかと思えば、少し身体を乗り出して、大きな濃紺の瞳で俺を見上げて不思議な事を問いかけてきた。
「………と、言われてもな。なりゆきだな。」
「えぇ。」
「えぇ、ってなんだ。不服か?」
ナナは少し口を尖らせて不機嫌をアピールする。ナナが感情をちゃんと表面に出す時は、心が安定していて俺に甘えている時だ。
それが堪らなく愛おしく、可愛い。
「そこは運命だとか言わないんだ。」
「言って欲しかったのか?君にはあまり響かない言葉だと思っていたが。」
「………そういえばそうだね、あんまりピンと来ない。」
「じゃあなんて言おうか。俺の可愛いお姫様のご機嫌をとるには、どうしたらいい?」
不意に選んだ言葉に、途端に顔を真っ赤にする。
「…………!」
「おや、気に入ったのか。お姫様が?」
「……や、あの……別に……っ……!」
好機だ。このまま攻め落としてやれ。俺の中にいる小さな悪魔が囁いた。
紅茶を飲み干してカップを置き、ナナの手をとってその甲にキスを落とす。
「――――俺がここにいるのは――――、君が寂しがらずに眠れるように、抱き枕の代わりとして来たからだ。だからどう使っても君の自由だ。俺の可愛いお姫様の、仰せのままに。」