第71章 帰郷
――――――――――――――――――――
用意してくれた部屋は、随分立派だった。落ち着いていて趣味の良い内装に、眺めの良さそうな窓。
この部屋以外にも、ナナの生い立ちを想像しながら屋敷の中を見て回るのは楽しかった。
どんな少女だったのだろう。
きっと好奇心旺盛で、賢く、強く、でも頑固で―――――、もしかしたら今とそんなに変わらないただ小さいナナが、この屋敷の中を走り回っていたのかと思うと小さく笑みが零れる。
風呂を借りた後、部屋でベッドに腰かけてそんなことを思っていると、扉が鳴った。
「エルヴィン、入ってもいい?」
「どうぞ。」
扉を開け、顔だけをひょこっと出して、俺に問う。
「飲み物……ワインか紅茶か、どっちがいい?」
「ああ……ありがとう。紅茶をいただこうかな。」
そう答えると、ナナは嬉しそうににんまりと笑う。
「そう言うと思った!」
少し誇らしげに手に持っていたトレーの上には、ティーカップとポットが乗っている。
部屋に入って来たナナは、首元にレースがあしらわれて鎖骨が覗き、胸の高い位置で切り替えられた長いネグリジェを着ていて、そこに翼のネックレスが光っている。乾ききらない長い白銀の髪を片側に寄せて下ろしていた。
兵舎での私服は首元まで詰まったシャツとズボンで髪を結い、極力“女”の部分を見せないような恰好をしていたからか、まるで別人のように見えて思わず視線を送ってしまう。
「なんでわかった?」
それをバレないように、なんでもない会話を続ける。
「……エルヴィンの外面の良さは筋金入りだから。初めて行った家で、よほど勧められない限りお酒は飲まないだろうなって。」
「図星だが、言い方がいちいち酷いぞ?」
「ふふ、でも当たりでしょ?」
そう言いながら、ナナはカップに紅茶を注ぐ。
もし、こんな世界じゃなければ。
俺達が命を賭して解き明かしたい真実なんて何もない、ただただ平和な毎日を約束された世界だったら。
最愛の君と2人で、こんなにも穏やかで優しい夜を毎夜重ねて生きていけたのだろうか。
そんなありえもしない妄想を抱く。