第71章 帰郷
「――――父は結婚して欲しいと言うと思いますよ?」
「………そう、だよね………。」
ロイの言葉に、懸念していたことがより色濃くなる。
たとえ医学の道を出ていなくても、病院の経営という面でエルヴィンは間違いなくとてつもない才覚を発揮するだろう。
そしてロイやハルも彼を信用している。
「それは光栄だな。」
エルヴィンがはは、と笑う。
「じゃあナナ、やっぱり結婚するか?」
「えっ。」
「あはは、そんな“出かけるか?”みたいな軽い感じで結婚するか聞く人いないですよ。面白いな、義兄さんは。」
エルヴィンは私が結婚という形を望んでいないことを知っている。今またこの問を投げかけるのは、ロイの追及を巻くためだと理解する。
でも、ずっと側にいたからわかるようになってきた。あわよくば私を頷かせてしまえないか、きっとそんな意図も含んでいる。
エルヴィンが結婚という形を望む理由――、それは、私の大切にしているものを、丸ごと引き受けようと思う器量がある人だから。
これは表の理由。
おそらく本当の理由は、私をリヴァイさんの手が届かないところに、縛っておくため。
少し前の私なら、そんな己惚れたことがあるはずないと思ったのだけど……エルヴィンの本当の顔を少しずつ知って、それも含めて愛しているからこそ、確信に近いものを感じる。
いつかの、『逃がしてなんか、やらない』。その時のエルヴィンの顔を思い返した。
「しないよ。」
「―――だろうな。」
それを全てわかっている顔で笑んで答えると、エルヴィンもまた同じように小さく笑って答えた。私たちのやりとりを、ロイは不思議そうに見つめていた。
「ほら、彼女の意志は固いんだ。これ以上求婚を断られるのは辛い。だからロイ君、義兄さんじゃなくエルヴィンと呼んでくれると嬉しい。」
そう言ってロイに大人の笑みを向けた。
「―――大人の恋愛は、僕にはまだ難しいみたいだ。わかりました、エルヴィンさん。」
核心に触れたくないことを上手く煙に巻いて丸く収める術はエルヴィンの右に出る人はいないんじゃないかと思う。“大人”の使いこなし方がとんでもない。
―――そんなところも、とても魅力的だと思う。
私がありがとう、と含めて目線を送ると、エルヴィンは微笑んで私の頭を撫でた。