第70章 香
どうしたんだろう、集中していたからとはいえ、私とエルヴィン団長を間違うなんて。
不思議だなと首を傾げていると、私に向けられた視線を感じた。目をやると、ミケさんが困ったような表情を見せた。手を招いて私を呼んだので、ミケさんの近くに寄ると小さく耳打ちをされた。
「――――昨晩はずっとエルヴィンと一緒にいたか?」
「!!」
投げかけられた問いに思わず赤面した私に、ミケさんは続ける。
「俺じゃなくても分かりそうなほど、ナナからエルヴィンの香水の匂いがする。――――リヴァイが荒れたら今日の仕事は頓挫する。とりあえず今すぐ風呂に入って来てくれ。頼む。」
「は……い………。」
そういうことだったのか。自分では全然分からなかった。リヴァイ兵士長は匂いで、私の事をエルヴィン団長だと思って――――――。
どういう顔をしていいかもわからなくて、言われた通りシャワーを浴びて出直そうと、誰にも気付かれないようにそっと団長室から外への扉を開けた。
その時チラリと目に入ったエルヴィン団長の口元が、ほんの僅かに―――――引き上がっていた。
笑うような書類なんてなにもないはずで、本当につくづく底の読めない、しかも厄介で独占欲の強い子供みたいな大人の男に捕まってしまったことを小さく憂いた。