第70章 香
「あ、エルヴィンの匂いがする。」
「……それはそうだな、いつもつけているからな。」
エルヴィンは私の行動の意味を測りかねるといった表情で不思議そうに私を見つめている。
「これ、ちょっとだけ……分けてくれたら嬉しい。」
「構わないが―――、どうするんだ?男物の香水なんて。」
「――――家にしばらく帰らなきゃいけないから……。エルヴィンは持って行けないけど、香りは持って行けるでしょう?」
「……………。」
エルヴィンは黙ったまま、ほんの少し目を見開いた。
「弟がね、小さいころ――――寂しくなるとお父様の香水を枕に少しつけて、抱き締めて寝てたの。私はお父様がいなくて寂しいと思った事があまりなかったからその感覚が分からなかったけど―――――、今なら分かるから、試してみたいなって。」
「……………。」
なんの反応もなく、どうしたんだろうとエルヴィンをまた見上げると、片手で顔を覆うようにしてそっぽを向いている。
「―――――どうしたの……?」
「………可愛いが過ぎるだろう、ナナ…………。」
呟いたエルヴィンの顔は赤くて、驚いた。エルヴィンが赤面するところなんて、初めて見たから。
「照れてるの?……えっ、顔、赤い……!」
「――――やめてくれ、見るんじゃない。」
「やだ見たい。初めて見せてくれた、その顔。」
「駄目だ。やめなさい、ナナ……!」
私が笑いながら背伸びをしてその顔を暴こうとすると、その両手を掴んで壁に押し付けられた。
まずい、調子に乗り過ぎたかもしれない。と少しだけ後悔するものの、少し気恥しそうに頬を染めて私を見下ろすエルヴィンは、とても可愛く見えた。