第70章 香
皆さんのティーカップを下げて洗おうとすると、エルヴィン団長がそっとその手を阻んだ。
「私がやろう。怪我をしているんだから。」
「大丈夫です、もう随分傷口も塞がってますので。エルヴィン団長は私を甘やかしすぎですよ。」
「――――甘やかしたいからしてるんだ。」
背中からそっと身体を包みこまれる。
「――――今日は逃げないでもらえると嬉しい。」
「――――逃げない……ちゃんとここにいるよ。」
振り返って、私もその大きな背中に腕を回してエルヴィンの胸に顔を添わせる。
苦しめていることを償いたいわけじゃない。
ただ本当に、あなたのことを愛しているのも嘘じゃないんだと、伝えたい。だってその気持ちが本心であることは、ミケさんのお墨付きだ。
「あ、そうだ。」
「ん?」
私はエルヴィンの腕の中で彼の顔を見上げて、前から聞きたかった質問を投げかけた。
「前から聞きたかったことがあって。」
「なんだ?」
背伸びをして、エルヴィンの首筋に顔を埋めてすんすんと鼻から息を吸い込む。落ち着く、私の常になったこの香りのことを聞いてみたかった。
「な……なんだ、どうした……ナナ……?」
くすぐったいのか、ほんの少し動揺してエルヴィンが顔を背けた。
「――――とても落ち着く。エルヴィンのこの香り。もともとのエルヴィンの匂いと―――――少しのこの人工的な香りは、何?香水……?」
「――――ああ、整髪料にほんの少し香水を混ぜているからかな。」
「へぇ………。その香水、どんなのか見たいな。」
「ああ……。ちょっと待ってくれ。」
エルヴィンは腕を解くと、自室に入って小さな角ばった小瓶を持って戻って来た。
「――――これだ。」
「わぁ………。」
手渡されたその香水の瓶の蓋を開けて、そっと鼻を近づける。