第70章 香
「――――ごめんなさい、お手数をお掛けします……。」
「謝るなナナ。」
頭を下げた私をいち早く制止したのは、エルヴィン団長ではなくリヴァイ兵士長だった。思いもよらず、私は驚いて顔をあげた。
「お前に落ち度も過失もない。ただ運悪く変態に目を付けられただけだ。そして俺達が仲間のお前を守ろうとするのもまた当然の話だ。謝るな。」
リヴァイ兵士長の言葉に、ハンジさんもミケさんも柔らかく口角を上げて頷いた。
「―――はい。ありがとうございます。」
「そうだね。リヴァイの言う通りだと思う。」
ハンジさんの言葉に、ミケさんもエルヴィン団長も頷いた。
こんなにも私を想ってくれる人に囲まれて、私には過ぎた幸せなんじゃないかと思うと、涙が滲む。
「―――明日は丸一日かけて期末の全ての業務処理を終えるぞ。心して来てくれよみんな。」
「ちっ、了解だ。」
「あ~あもう1年も経つのかぁ、早いね。また書類まみれの一日がやって来るのかぁ。あっ、そう言えばモブリットが手伝おうかって言ってくれててさ、お言葉に甘えようと思うんだけどいい?エルヴィン。」
「モブリットが?ああ、頼もしいな。ぜひお願いしよう。」
「………さっさと終わらせて、ゆっくり年を越したいものだ。」
そう、明日は年内すべての報告書や経費の書類を全て処理して業務を終える、幹部の皆さんが気合いを入れて臨まなければならない、いわゆる“恒例行事”だ。私も微力ながらお手伝いができることが、嬉しい。
「――――ああそうだ……それと、31日から4日まで、ナナが王都の実家に帰る。父上の容体が思わしくないとのことだ。引継ぎは進めているが、急ぎ確認しておきたいことは明日の内に済ませてくれ。」
「――――恐縮ですが、宜しくお願いします。」
今度こそ皆さんに頭を下げた。壁外調査直前の時期でなかったことだけがまだ救いだ。
「そうなんだナナ、大変だと思うけど……こっちのことは心配しないで。」
「ハンジさん、ありがとうございます……。」
顔を上げてハンジさんに笑みを返すと、その後ろで不穏な表情をしていたリヴァイ兵士長が目に入った。とても険しい、顔をしていた。
全ての話を終えると、幹部の皆さんは立ち上がり、軽く伸びをして団長室を後にした。