第70章 香
「それに――――君からなら、たとえ疫病でも病でもうつったって構わない。」
そう言って包帯を巻いた私の指先にキスをした。
「いや駄目ですよ。誰かにうつして、うつした方が治るなら意味もありますけど、そうじゃないんですから。ただ感染者が増えるだけで、何の解決にもならないじゃないですか。」
「……正論すぎるな。まさにその通りだ。ではなるべく控えよう。」
あまりにエルヴィン団長が素直に真顔で頷くものだから、私は吹きだして笑った。
「――――やっぱり笑っている君が、一番好きだ。」
「エルヴィン団長は懐が深いだけじゃなくて、忍耐まであるんですね。こんな優柔不断で厄介な私でも、側に置いてくれるなんて。」
「そうだな。忍耐がないと調査兵団の団長なんてやってられないからな。」
「――――確かに。」
そう言って2人、ふふ、と小さく笑い合った。
「そう言えば紙で切ったにしては、傷が深すぎただろう?何かナイフでも使って開けたのか?」
「――――いえ……これ……。」
私がそっと封筒をつまみあげると、その封の先端には薄く砥がれた剃刀の刃が備えられていて、指で封を破ろうとすれば自ずと刃が指に食い込むようになっていた。
「――――悪質だな。」
エルヴィン団長はそう言って封筒の中身から手紙を出した。その手紙を開く。
『痛かった?』
ただ一言、そう書かれていた。
前回にも見た、情緒が不安定で溢れんばかりの狂気に満ちた文字で。私はゾワッっと全身が総毛立つ感覚を味わった。
「――――………っ………なに、これ………。」
「―――――………。」
小さく震えた私の肩を、エルヴィン団長は大きな手でしっかりと、抱いてくれた。
「――――危害を加えに……必ず出て来るな。君が苦しんでる、痛がっている顔を見て興奮する性癖の持ち主だろう。想像だけでは飽き足らなくなって――――必ず目の前に現れる。」
「……………。」
「幹部の皆に伝えた方が安心だ。君が嫌じゃなければ、伝えてもいいか?」
「……はい………。」