第70章 香
ざっくりとした切創跡に、布を当てて包帯を巻いてくれる。
利き手を怪我してしまったので、左手では私もどうにもうまく処置できず、エルヴィン団長が処置をしてくれた。
「――――ありがとうございます。」
「いや。血も止まりかけていて良かった。」
「でも………人の血を舐めちゃ駄目ですよ。病気がうつることだってある……危険なんですから。」
「誰の血でも見境なく舐めるわけじゃないよ。」
「そりゃそうですけど。」
エルヴィン団長の言い分がなぜかとてもおかしくて、もしそうだとしたら、そんなのただの変態じゃないかと込み上げる笑いを抑えた。
「何か可笑しいか?」
「――――いえ。でも、血を舐めるのはとにかく駄目です。」
「―――――………。」
なにやらすごく納得いかない顔で、目線を左上に上げて考えている。この顔の後には、大抵おかしな事を言ってくるんだ。
次の言葉を、私は警戒しながら待ち構えた。
「君の血なら問題ないだろう?これまで散々体液を交換しているのに、今更血を舐めないようにしたところで、もううつるものがあるならうつってるはずじゃないか。」
「~~~~~~………。」
ほら来た。
わかるんだけれども、言いたいことと、納得のいかない点があることは。
ただ『散々体液を交換している』という表現がなんともエルヴィン団長らしくて、無駄が無い表現だけれどデリカシーもない。普段のエルヴィン団長ならニュアンスまで含めて言葉を使いこなすのに、気になったことを追及する時はどうやら言葉を選ぶことを忘れるみたいだ。
「………そう、なんですけど……。言い方……。」
こっちが恥ずかしくなる。呆れつつも目を逸らして言うと、仄かに口元を緩ませてエルヴィン団長は言った。