第69章 葛藤
「―――――ナナ?!」
私の名を呼ぶエルヴィン団長の声で、ハッとした。
「あっ………ごめんなさい、手紙、汚れちゃう……!」
エルヴィン団長はすぐに席から立ち上がって私の方へ寄ると、ハンカチでその指を止血してくれた。
何が起こったのかよくわからず、呆然とエルヴィン団長の温かい手が私の手を包み、その手の中の白いハンカチにじわじわと血が滲んでいく様を見ていた。
「どうした、なぜ怪我をしてる?」
「わかりません、私宛の封書を開けただけで―――――。ご、ごめんなさい、大事な手紙が―――――、ハンカチも―――――。」
「――――そんなことはどうだっていい。謝るな。」
その言葉に、ようやく自分が少し動揺していたことに気付いて、エルヴィン団長の目を見つめる。
「―――――ごめん、なさい………。」
「―――――謝るなと言っている。」
エルヴィン団長の表情に、苛立ちが見える。
「違う―――――違うんです…………。ごめんなさい……………。」
「……………。」
私の口から出て来る『ごめんなさい』の意味を、エルヴィン団長は察した。
苦しそうにその表情は歪められて、これ以上聞きたくないとばかりにその唇を塞がれる。すごい力で、そのままソファに押し倒された。執拗に私の口内をその舌でかき乱しながら、呼吸をも遮ってくる。
心臓の鼓動と共に、指先の傷口がドクドクと疼痛をもたらして、心の奥が痛むその感覚と呼応しているようだ。
「―――――君の全てを手に入れることは、不可能なのか?」
「……………。」
エルヴィン団長が止血していたハンカチを取り去ると、私の指先からはまた鮮血が流れ出した。その滴る血を舌で掬い上げて舐めとり、傷口を癒そうとするかのように口に含んで舌を絡める。
「――――駄目、です、血が―――――……。」
「この血の一滴だって、全部俺のものにしたい。その心も全て―――――。」
「――――っ………。」
「――――はは……想定外だ………。――――――こんなに―――――苦しいのか………。」
その表情は、今までに一度だって見た事のない、エルヴィンの苦悶に満ちた表情だった。
ぎり、と奥歯を噛みしめるようにして俯き、私の額にそのサラリとした金髪が触れた。