第69章 葛藤
訓練を終えて、いつもの場所へ向かう。少しだけ緊張してしまうのは、昨日、エルヴィン団長からの誘いを無下にしてしまったからだ。
「――――失礼します。」
私が入室すると、いつものようにたくさんの資料に目を通してはサインをするエルヴィン団長の姿があった。
よほど集中しているのか―――――はたまた少し、お怒りなのか……私の方に目は向けず、淡々と執務をこなしている。とりあえずいつものようにコーヒーを淹れて、その机に持って行く。
「ああ、ありがとう。」
いつもならどんなに忙しくても顔を挙げて微笑むのに、その目は合わないままだ。
それはそうだろう。きっと気付いてる。昨日の夜、私がなぜ1人になりたかったのか。その夜が、なぜ私にとって特別だったのか。
エルヴィン団長の少しの対応の変化に私が傷付く資格はない。私はどれだけ彼を傷付けてきたのか、比べる余地もないのだから。ただただ静かに、エルヴィン団長が書き終えた資料をまとめて、届いた大量の封書を宛名ごとに分けて処理をしていく。
その中に、私宛の封書を見つけた。差出人が書かれていない。消印は―――――あの、恐ろしいほどの異常な想いを綴った手紙と同じだった。
恐怖はあったものの―――――私はその封筒の先端を指で切り取ろうとした。
その時、指先に鋭い痛みが走ったと思うと、真っ赤な鮮血が封筒にぼたぼたと落ちた。
「―――――え………?」
一瞬何が起こったのか分からず、呆然と血に塗れた自分の手を眺めていた。