第69章 葛藤
日が変わる。
その瞬間、私は屋上で星を見上げていた。
星の歌を口ずさむ。そして――――続けて歌う。
「―――――Happy birthday to you……」
強く吹くその風に、その歌は掻き消されていく。
「――――Happy birthday dear……………。」
その先を言えるはずもなく頭を垂れる。呼吸が早いのは、なんとか感情を抑え込もうと必死だからだ。私だけのヒーロー。憧れ続けたその背中を思い出すと、息が苦しくなる。
少しずつこの熱情に靄をかけ続けて、上手くやってきていたのに。ミケさんのあの言葉と、ふいに彼が子どもに向けたただの小さな冗談に、馬鹿みたいに乱される。
「――――生まれて来てくれて、ありがとう………。」
もう二度とその唇に触れられなくても、その大好きな腕と香りに包まれることを望めなくても、二度とこの想いを伝えることが許されなくても。
ただあなたが生きて、そこにいてくれたら――――私じゃない誰かと幸せになってくれたらいいと思いたいのに、誰のものにもならないで欲しいと思う。
愛し愛されている人を得た私が、こんなことを他の男性に思うなんてどうかしてる。
早く、早く、もっと上手に振る舞えるように、上手に自分を律せるようにならないと。
エルヴィンのあの顔も、気付いてる。私はまたエルヴィンの懐の深さに甘えて残酷に傷つけたんだろう。
でも今日だけ、今夜だけは――――――聖夜の帳が降りて、それを口に出しても―――――汚い私のことも、全て赦してくれる気がするから。
「―――――どうしたってあなたは特別で―――きっとこれからもずっと――――愛さずにいられない――――。」
まるで懺悔でも口にするかのように弱々しいその言葉は、すぐに風に攫われていった。
深夜の屋上に、私以外誰もいないはずだと思い込んでいた。
風にさらわれたその言葉を聞かれていたことを知るのは、もっとずっと先のことだった。