第66章 垂訓
「あ、そうだ………俺ちょっと書き記しておきたいことがあったのに―――――……参ったな、紙とペンを忘れた。」
「あ、ああ待ってな。貸してやろう。」
ちょうどその話題から逸らせて好都合だとでも言うように、中年の男は―――――彼女の義父は、戸棚からバタバタと急いで紙とペンを取り出した。
「ほら。」
「ありがとうございます。」
俺はそれを笑顔で受け取り、さらさら、と文字をしたためた。それを丁寧に折りたたんで胸ポケットにしまい込んだ。
味のしないコーヒーを喉に流し込み、席を立つ。
「――――ねぇおじさん。いい天気だ。久しぶりに森に出ませんか。俺に狩りのコツを教えてくださいよ。」
子供のように無邪気な表情で誘うと、多少の戸惑いを見せつつも奴は応じた。
「ああ、構わないが―――――………。」
「嬉しい。行きましょう!」
男と共に、森を歩く。
横に並んでみて思う。なんてちっぽけで弱い。あの頃怪物のように気味悪く、恐ろしく見えたのが嘘のようだ。
「―――おい、どこに行く……?」
男の問に答えずに、ただ目的の場所に向かって歩を進める。
「……っ……おい、なんだ……俺を責めようってのか……?お前まさか―――――…知ってるのか……!」
彼女が昔、殺したいと願ってか、死にたいと願ってか、ナイフを何度も何度も突き刺した――――――彼女のバラバラになった心の破片と、切り落とされた黒髪が埋まっているのであろう場所に、俺は立った。