第65章 脆弱
「――――髪、伸びたな。」
「―――――………!」
「―――――あの時―――――………」
「やめて!!!」
アーチが何を言いかけたのか、わかった。やっぱりアーチは知っていた。
『あの時』と言った。具体的に、知っているんだ。
「―――――見てたんだ。俺。」
「――――――……!」
「―――――俺はガキで―――――守ってやれなくて、ただ震えてただけだった。」
見られていた。血の気が引いた。
「――――その、こと………サッシュに………。」
「―――――言ってない。」
アーチの言葉にあからさまにホッと表情が緩む。その瞬間、アーチはとても怖い顔をして、あたしの両腕をぐっと掴んだ。顔を隠すように俯いて、絞り出すように苦し気に言葉を連ねる。
「―――――俺は遠くにいるのに頭の中でリンファの小さな悲鳴が何度も何度も繰り返されるんだ―――――……。なのに、なのになんで兄貴だけはリンファの笑う声を側で聞いてる?その笑顔を側で見てる?―――――なんで兄貴だけがリンファに愛されて―――――……俺は毎夜こんなに苦しいんだ………?」
「―――――………!」
何も言えなかった。
あたしが、あたしがアーチを苦しめてる。トラウマを植え付けたのはあたしだ。どう償ったらいい?どうしたら解放してあげられる?
あたしはこの可愛くて仕方ない弟以上の存在を、苦しめるために存在している。
「ごめ……ん………ね…………。」
それしか言葉が続かない。アーチはあたしの両腕を強く掴んだまま、垂れた頭をとん、とあたしの胸に預けた。
サッシュに比べて細い首。細い指。まだ少年じゃないか。その少年に、あたしはなんて苦しみを与え続けているんだろう。
アーチの人柄のように柔らかい髪に、滴が落ちた。次から次へと。