第65章 脆弱
『―――――なぁアーチ、お前………セックスしたことあるか?』
その言葉を聞いたのは、あの日から6年後。訓練兵団で共同生活を始めると、同期のバルドリックがニヤニヤとしながら耳打ちしてきた。ちょうど興味が沸く年頃の奴らが集まれば、そんな話ばかりだった。
『なんだよ、まさか知らねぇのか?!お前いい男なのにもったいねえ!あのな、セックスってのは………。』
繁殖のための行為。
そして男女が愛を確かめるための行為。
快楽のための行為。
そう聞かされた。頭の中が不愉快で不可解な感情と思考で埋め尽くされた。おかしいじゃないか。
だってあいつはリンファの父親だぞ………?繁殖目的なわけがない。男女の愛でもなんでもない。
――――――一方的に―――――己の快楽のために、まだ幼い、力もなく抵抗もできないリンファを、無理矢理犯したんだな――――――?
――――――俺はあまりの衝撃と嫌悪に、吐いた。
訓練兵団にいた頃、俺は仲間を一度半殺しにしたことがある。
例にもよって―――――同じ兵団内の1つ上の先輩が、俺の同期のティルを倉庫に押し込んで強姦した。
なんとか途中で救いだせたものの、俺は男を赦せなかった。力のない者を虐げて――――――欲望をぶつけるその行為は、この世で最も嫌悪すべきものだ。怒りに任せて馬乗りになって殴り続けた。
『―――――アーチ…!やめて、もういいから…!…し、死んじゃうよぉ……っ!!』
ティルが泣いて縋る声がようやく耳に入った頃にはもう顔は原型を留めておらず、折れて飛んだ歯と、血まみれの自分の拳を冷え切った頭で眺めていた。