第65章 脆弱
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――――――今でも目に焼き付いて離れない。
当時俺は6歳だった。
兄貴が訓練兵になって遊び相手がいなくなった俺はリンファを姉のように慕っていた。特に珍しい艶やかな長い黒髪にいつも見惚れながら、リンファを追いかけては日が暮れるまで一緒に遊んだ。
あの日は茹だるような―――――まとわりつく、息が重くなるような夏の日だった。森中の蝉が合唱のように鳴き荒んで五月蠅かった。
遠目に、リンファが最近来たという新しい父親に連れられて、森に入っていくのが見えた。
ほんの悪戯心だったんだ。
驚かせてやろうと思った。
こっそり後をつけていくと、2人の姿を簡単に見失った。
あちこち探し回っていると、聞いたこともない小動物の鳴き声のような、甲高い小さな声に気付いた。
その声の元を辿って俺が見たのは――――――
あられもない姿で父親の下でひたすらに涙を流してなにかに耐えるリンファの姿。覆いかぶさってリンファに苦痛を与えているのであろう、おかしな恰好で息を荒げながらゆさゆさと動く気味の悪い父親。
当時の俺はその行為がなんなのかすら分からなかったが、息を潜めて―――――見なかったことにしなければないという事だけは、わかった。
小動物の声だと思ったそれは噛みしめても漏れ出るリンファの苦痛に耐える声だったんだ。俺は小さく丸まって耳を塞いで蹲った。
暑い、苦しい、身体中の毛穴から嫌な汗が吹き出していく。五月蝿いほどに蝉がなき散らしていたはずなのに、なぜか消え入るほどのリンファの声しか―――――聞こえなかった。
しばらくすると、父親だけがその場から立ち去った。リンファは泣きながら衣服を身に着け――――――手に持っていた、狩りに使うのであろうナイフを取り出して、やり場のない想いをぶつけるかのように地面に何度も何度も突き刺した。
そして………彼女は自分の髪を掴んで、俺が大好きだったその艶やかな黒髪をナイフで滅茶苦茶に切り落とした。
それから俺はリンファに到底会うことができず、たかが6歳のガキがリンファを救えるはずもなく、気付けばリンファは訓練兵に入団し、俺の側からいなくなった。