第1章 出会
父に頬を強くぶたれ、罵倒されている母。
私はただ立ち尽くし、その様子を見ている事しかできなかった。ロイは私の陰に隠れて、泣いている。
私たちを抱きしめ、肩を震わせるハル。
感情を吐き出し終えたかのように父が背を向け、自室に戻ったあと、母は震える手で辛うじて立ち上がると、私たちの方を見て消え入るような声で何かつぶやいた。
「ご め ん ね ………。」
なぜ謝るの?ぶたれたのはお母様でしょう?大丈夫、私がいるから。
私が、お母様をギュッてするから…その悲しい顔は、見たくない。私はハルの腕をすり抜け、お母様に駆け寄ろうとした。
その時。
「来ないで!!!!!」
初めて聞く、母の怒鳴り声にビクッと肩を震わせた。
「こんな、母で、ごめんね………!」
顔をグシャグシャにした母は、そう言い残して家を飛び出した。それっきり、帰って来ることはなかった。
その時は、何がなんだかわからなかったが、屋敷の使用人たちの噂話は容易に私たちの耳に入るものだ。理解するのに、時間はかからなかった。
“奥様は他に男が出来て、出て行った”
“子供たちを捨てて”
“ああ、可哀想に”
母が出て行ってから、周りの私たちへの態度は変わった。お父様はロイを溺愛し、母にそっくりな私を蔑んだ目で見るようになった。
父の私への明らかな態度の変化は、徐々に使用人にも伝わっていった。使用人たちもロイを次の主人と見定め、私とは明らかな扱いの差をつけた。
変わらず接してくれたのは、ハルだけだった。