第63章 番 ※
ふふ、と笑ってブランデーを口に含むと、マスターは昔を思い返して語った。
「君はいつもどこか壁を作っていて、誰にも心を許さない人間のように私には見えていた。誰も信じず、誰も懐に入れず、信念だけを原動力に突き進む――――そんな人間だと。」
「――――マスターにそこまで話したことはないのに、なぜわかるのかな。図星ですよ。」
「酒に嘘はつけないものなんだよ。」
「………はは、怖いな。」
「やっと見つけたんだな。共に生きる相手を。―――――心より、祝福するよ。」
「――――ありがとうございます。」
マスターからの祝福の言葉を有り難く受け取って、いつもと同じ会話のない心地よい時間が流れる。
ナナが席に戻ってくると、その目はもうとろんと蕩けている。
「ナナ、もうこのくらいにしておこうか。」
「え、やだ、もっと飲みたい……。」
「駄目だ、君はすぐに酔いつぶれるから。また来月の楽しみにすればいいだろう?」
酒が入ったからか、子供のように駄々をこねるナナをマスターが諭す。
「ナナさん。来月にはまたあなただけの新しいカクテルを考えておきますよ。」
「……嬉しいです……!」
「じゃあ今日は帰ろうな?」
「………うん。」
マスターの店を後にして、宿までの道を歩く。
ナナは上機嫌に歌っていた。
「……ナナ、歌うのは良いが、くれぐれもこの世界の歌にしてくれよ。」
「ふふ、分かってますよーーーーだ。」
完全に酔ってるな。
カクテルはとても弱いものだったはずなんだが、あの一件以来、ずっと張り詰めた顔をしていたから。
一気に緊張が解けたのだろう。
ナナは両手を広げて夜空を仰ぎながら、天使のような声で歌う。
まるでこの世がとても綺麗なものに生まれ変わるように、その歌声が夜の闇をも包んでいった。