第63章 番 ※
ナナはとても大切そうに両手でそのグラスを受け取った。
「――――エルヴィンは、いつもので?」
「はい、お願いします。」
マスターは手早くストレートのブランデーを差し出してくれた。
「ではナナ。初めての夜遊びに――――乾杯。」
「乾杯………!」
小さくグラスを鳴らすと、ナナはその赤く濡れた唇をそっとグラスに沿わせた。全ての感覚をそのカクテルに集中しようとしているのか、その長い睫毛を伏して目を閉じて口に含む。
「――――……美味しい………!」
「それは良かった、いい夜遊び記念になりましたか。」
「はい……!」
マスターはにこやかに笑って、手元のグラスを拭き上げ始めた。
「――――初めて、王都の街の夜を知れた。ありがとう、エルヴィン。」
「いいものだろう?」
「うん………だけど、この煌びやかさはきっと王都だから保てているんだと思うと、苦しさもあるの。」
「――――……そうだな。」
「ねぇエルヴィン、私たちが巨人のいない世界を勝ち取れたら―――――こんな街がもっと広がって、誰も飢えず、争わずにいられるように、なるかな………?」
ナナの言葉に、マスターの動きが一瞬ぴた、と止まった。
「あぁ、なるさ。――――そのために俺たちは、進み続けるんだから。」
俺の返答を聞いて、少し酔いが回り始めているのか、頬を上気させたナナは嬉しそうに微笑んだ。
しばらくしてナナがお手洗いに席を立った時、珍しくマスターから話しかけてきた。
「――――驚いた。あの子は調査兵なのか?」
「ええ、私の補佐官です。」
「彼女をどこかで見た事がある気がしたが―――――、オーウェンズ家の息女では……?」
「そうですよ。」
「―――――君は一生一人で生きていく覚悟をしているんだと、思っていたよ。」
「―――――そのはずでした。彼女に出会うまでは。」