第60章 慕情 ※
「大事なものなんですね。」
「ええ………。幼い息子の、名前を刻んでいて……。」
「そうなんですか……!」
「――――いつ死ぬか、わからない身だから………。せめて肌身離さず持っていようと……だから助かりました。ありがとう。」
息子さんを想うその柔らかな微笑みに、釣られて私も微笑む。
任務でなければ、息子さんと離れて、しかも死ぬ確率の高い調査兵団になんて、来たくなかっただろうに。
「―――――もし、なにか困られたことがあったら、いつでも仰ってください。」
「―――――ありがとう、ナナさん。」
マシューさんは小柄な男性で、ダークブラウンのくせ毛と人の良さそうな優しい目が印象的だ。
私はその本名を隠して潜入してくる人は、相手の懐に潜むことを苦としない程冷徹で怖い人なんじゃないかと勝手に思い込んでいた。だけどマシューさんは………いや、本名も知らない彼は、ただ愛する家族のために任務をやり遂げようとする、心優しい普通のお父さんに見えた。
「―――――今の、マシュー……だっけ。」
マシューさんを見送ったあと、私の背後から声を掛けてきたのは、サッシュさんだった。
「サッシュさん。はい、マシューさんが落とし物をされたので。」
「…………。」
「――――……どうかされましたか………?」
「なぁ、ナナ……お前………リヴァイ兵長と、昔からの知り合い、なのか………?」
「??はい、小さい頃に共通の知人がいて―――――……。」
自分が質問してきたのにも関わらず、目をギュッと閉じて、まるで聞きたくないとでも言うようにサッシュさんは苦々しい顔をした。
そしてわずかに汗を滲ませながら続けた。