第1章 東卍の参謀
今日は、アタシにしては珍しく、平和な一日だった。
男に喧嘩を売られることもなく、女に嫌味を言われることもなく、授業中に呼び出されることもなかった。
でも平和なんてのは、不良のアタシにはやっぱり似合わないわけで……
「あーあ、平和に終わると思ったのに」
「しゃあぁあああああ‼︎いくぞオラァア‼︎」
「グズグズしてんじゃねーよ‼︎ダボォ‼︎」
耳に響く大声を喧しく思いながら、アタシは目の前の“問題”に眉を顰めた。
コンビニでアイス買って、シャクシャク食べながらのんびり帰宅してた道中……
「早くやれや‼︎」
「ぶっ殺せ‼︎」
普段なら立ち寄らない公園の方から、これら汚い声が聞こえて来た。
「朝メシ食ってきたんかコラァ‼︎」
「眠てーぞバカヤロー‼︎」
無人の公園を通り抜けて、向かったのは道を挟んだ向こう側の、石段下広場。
「しゃあああ‼︎」
「うらぁいけーー‼︎」
そこには数十人にも及ぶ不良がいて、広場に立つ二人を囲って声を荒げてた。
「花垣ィ、テメーに千円賭けてんだぞ‼︎」
賭け……
「ふーん、喧嘩賭博か」
石段の上から広場を見下ろして呟く、アタシの声に反応した不良の一人がこちらに顔を向けた。
「あン?何だてめー」
ソイツの手元には金が握られてる……どうやら集金役らしい。
「ねぇ、これって喧嘩賭博だよね?アンタら、いつもこんなことやってんの?」
こめかみに青筋浮かべながら、ソイツはアタシに向かって凄む。
「何勝手に見てんだ、見せモンじゃねェぞ⁉︎」
「ん。」
「あ⁉︎」
客なら文句はないでしょと、アタシはソイツに折り畳んだ千円札を差し出した。
ソイツは「フン!」とすぐに金を奪い取り、手元の金に合わせる。
「喧嘩賭博って、よくやってんの?」
「だったら何だ」
「……これ、ドコの主催?」
「東京卍會(とうきょうまんじかい)で文句あるかコラ」
聞くと同時に「嘘つけ」と出かかった言葉を、なんとか飲み込んだ。
「へぇー、東京卍會……」
相槌を打ちながら、アタシは観客の中に視線を向け……声は荒げず偉そうにタバコ吹かしてる男に目を留めた。
清水 将貴、通称キヨマサ……東京卍會参番隊で特攻を務めてるヤツだ。