第1章 学校すっぽかして出久くんとちょいとエチエチする話
逃げられないと分かっていながら、緑色の掛かった癖っ毛の少年は隠し切れない動揺を表に、背後の壁に後退る。彼も至って普通の、思春期の中高生である。同い年の女性の肌を目にして、しかも密閉された空間で互いの身体を寄り添っている状況に、平然を保てるわけなかった。あの無個性ナードと罵られている自分に、こんなことがあり得るのだろうか?
これは夢だ。きっとそうなんだ。
『…出久くん』
「……ハイ。」
…ーー
さかのぼること数時間前、折寺中学校。
あいも変わらず嫌味を言われたであろう少年、緑谷出久は己の惨めさや無力感からくる苛立ちをなだめる為、一人校舎裏に来ていたのだ。
ヒーロー科志望の無個性が馬鹿にされることなんて日常茶飯事、誰が何と言おうとヒーローを目指すと決心したはずだったが、前向きな彼だって1人の人間だ。キツメに蔑まれてたら、心が萎むこともある。
「……っ」
泣くまい、泣くまいと自分に言い聞かせながら鼻を啜っていたその時だった。
『大丈夫?』
「はははいぃっ!?」
どこからか声がして緑谷は大きく肩を引き攣らせながら裏返った声で返事を返した。恐る恐る後ろを振り向いた彼の背後に、艶やかな髪を靡かせる一人の少女が立っている。
いつからいたのだろう?緑谷はおどおどとした様子で両手を左右に振っていた。すぐに場を立ち去ろうと歩みを進めようとするが、彼女の声によって留められてしまう。
『あ、出久くんだ』
「え、あ…えっ?秘多さん??」
秘多さんこと秘多密は、緑谷のクラスメイトで、話したことは一度もないが、中学生とは思えない大人びた面構えで一応名を知られている。普段はおとなしく清楚な印象を持っていること以外は、はっきり言って…知らない。
無論、女慣れしていない緑谷は想定外の女子との対話に動揺を隠し切れない素振りを見せた。どうして急に彼女が?今気づいたけど、さっき下の名前で?
『サボる予定?』
「どうして??え、いや…僕はそんなっ」
聞きたい事を聞けず、緑谷は赤面したまま答える。最初はだとだとしい彼の様子に小さく笑みを溢すが、秘多は何かに気が付いたように眉間を寄せながら近付いてきた。