【R18】 Begin Again【安室透/降谷零】
第50章 Last Kiss
藤さんの運転するマセラティが自宅に到着した。
「ありがとうございました」
それだけお礼をしたわたしは、失礼と分かっていながらも、藤さんの車が走り去るのを見送ることなく一目散にマンションの中に入った。
オートロックを開け、エレベーターに飛び乗り、自宅があるフロアへ登って行く時、自分の手が震えてることに気づいた。
大丈夫。
零はきっといてくれる。
何度も自分自身に言い聞かせ、わたしは震える手で玄関のドアの鍵を開けた。
中は真っ暗だった。
だけどわたしは、電気をつけなかった。
明るいところで、零がいないのを目の当たりにしたくなかったから。
「零…?ただいま」
そう言いながら部屋の中に入るけれど、返事はない。
だんだんと、足が震えてくるのは自分でもわかった。
嘘だ。
零は本当に、別れるつもりなの?
冗談だよね?
だって、わたしのこと好きって言ったじゃない。
あの日だって、2人で初めてのデートの場所を巡ったじゃない。
愛してるって言ってくれたのに。
どうして?
その時、月明かりがカーテンの隙間から差し込んで、部屋の中を照らした。
そこには、零の服も、私物も、全部まだ残っているのに、零の姿だけがどこにもない部屋があった。
「零…」
ねぇ、零。
別れようと言った零を、何度も何度も責めようとしたけれど、出来なかった。
零に別れを選ばせたのは、他でも無いわたしだから。
わたしたちの進んできた道は、奇跡が起きて重なったと思っていたけれど、それは一瞬交差しただけで、その後はまた離れて行くのかな。
零が置いて行ったシャツを抱き締めると、零の匂いがする。
つい昨日まで、すぐそばにいたのに
手を伸ばせば簡単に触れられるほど近くにいたのに
もうこの部屋のどこにも、零はいなかった。
*
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