【R18】 Begin Again【安室透/降谷零】
第37章 ずるい
藤さんの歌はファーストテイク目から完璧だった。
一曲通しで歌った後、もうこれで一発OKじゃない?と思ってたら、ディレクターに打診する藤さん。
「すみません。ラスサビ、全部地声で歌い直していいっすか?」
「いいよ。じゃあ、ラスサビ手前から流すから」
「いや。頭から歌い直します」
「え???」
まるでわたしみたいにイレギュラーな録り方を言い出す藤さんに、ディレクターは困惑した様子で首を傾げた。
「Lilaのこだわりみたいなんで。
このアルバムは、全部一発録りでいきます」
「…仕方ないな。了解。
スタッフも全力でサポートするよ」
そう言い、ディレクターは頭から再度録音を開始した。
Lilaのこだわりだと言って、同じ録り方をしようとしてくれているのが、単純に嬉しかった。
けれど藤さんはやっぱり天才で、リテイクはたったの一回だけ。
ラスサビを地声で歌い直すところも完璧だった。
その間、喉を休めてカロリーメイトを半分お腹に入れたわたしは、また藤さんと交代でスタジオに入る。
すれ違い様に、藤さんがわたしに声をかけた。
「あんたに渡した曲は正直、最高難易度だ。
だけど、あんたなら歌えると思って書いたんだよ」
これまで、厳しいことしか言わなかったくせに。
アメとムチの絶妙なバランスに思わず泣きそうになりながら、わたしは何も言わずにブースに立った。
大丈夫。歌える。
そう自分に言い聞かせ、何度か深呼吸をしたあと、
「お願いします」
そう言ってまたレコーディングが再スタートした。