【R18】 Begin Again【安室透/降谷零】
第37章 ずるい
安室side
嫌な予感が、こんなにも早く形になるなんて思いもしなかった。
藤亜蘭が歌い出した瞬間、周りの空気がガラッと変わった。
それは、初めてリラのレコーディングを聞いた時の感覚に似ている。
聴いたもの全てを魅了して、その歌の世界に取り込んでいくような声。
こういうのを、才能と言うんだろう。
紛れもなく、彼は天才だ。
素人の僕でもそう思うんだから、リラが受けた衝撃は計り知れない。
そう思いながらリラを見ると、リラはじっとその歌声を聴きながら、ぽろ…と涙を零した。
「リラ…」
まるで、あの日車の中で、初めてリラの歌を聴いて涙を零した自分自身を見ている気分になる。
リラのスタンドバイミーを聴いて、涙を零した僕と、今のリラはきっと同じ気持ちだ。
そして、リラが涙と共にこぼした一言は
「ずるい…」
その表情を見て、僕は言いようのない焦燥感に駆られた。
そんな焦がれるような顔をして、他の男の方を見ないで欲しい。
きっとリラは今、隣にいる僕は視界にすら入ってない。
それにこの曲。
リラが作ったこの曲は、僕へ向けた曲と言って書いていた曲だろ?
あの日、星を見上げて300年後も一緒に居ようなんて言って、車の中で愛し合ったあの日。
あの尊いひとときを歌った歌を、他の男が歌うのか?
ずるい
そう言いたいのは、僕の方だった。
僕もアーティストだったら、リラと肩を並べて仕事が出来たんだろうか。
リラのアーティストとしての悩みや葛藤を解消してあげることは僕には出来ない。
そんな思いが込み上げて来た。
初めて感じた。
嫉妬心よりもさらに深いこの気持ちは、なんて名前をつけたら良いんだろう。